「13条の会」から「漸進的無償化立法を求める会」へ
― 本会事務局員のつぶやき ―

細川孝(龍谷大学教員)

 「中等教育及び高等教育の漸進的無償化立法を求める会」(略称:漸進的無償化立法を求める会)が設立された。そして、本日(11月1日)、会は日本弁護士会連合会に「人権救済申立書」を提出した。ここ1か月ほどで急速に議論が深まり、今日を迎えることができたのは、お二人の共同代表、事務局長、そして顧問の戸塚悦朗弁護士らのご尽力の賜物であると感謝したい。同時に、共同代表の重本直利さんも「挨拶」で言及されている、田中昌人先生のことを思い出さざるを得ない。

 田中先生は2005年11月18日にご逝去されたので、まもなく13年となる。重本さんとわたしは、亡くなった翌日(19日)に田中先生をお見舞いするつもりで大津市民病院を訪ねた。しかし、病院の案内所で尋ねても「そのような方は入院していない」とのことであった。やむを得ずご自宅に電話したところ杉恵先生から、先生が亡くなったことを知らされた。

 田中先生の「死後1か月間は公表しない」というご遺志にしたがい、わたしたちも公表を控えてきた。わたしたちが先生のご逝去を公表したのは、12月22日のことであった。そして、この日に設立されたのが「国際人権A規約第13条の会」(略称:13条の会)であった。

 この日の京都は大雪に見舞われたが、東京、長野、福井、愛媛、鹿児島などからも含め、約120人の方が参加してくださった。この日は、三輪定宣先生(「13条の会」共同代表)が「田中昌人『日本の高学費をどうするか』を読んで」のテーマで基調講演された。

 三輪先生に講演をお願いしたのは、2005年3月に駒澤大学で開催された大学評価学会第2回全国大会の「2006年問題」分科会で田中先生が座長を務められ、三輪先生も報告者として登壇されたというご縁による。もちろんそれは、三輪先生が早くから(先駆的に)国際人権A規約に規定される「漸進的無償化」に関する研究を深めてこられてきたことを知ってのことであった。

 「13条の会」は、大学評価学会「2006年問題特別委員会」(正式名称は「国連社会権委員会2006年問題特別委員会」)と両輪で「漸進的無償化」を求めて取り組む役割を担うべき存在(のはず)であったが、実際には、ここ数年は実質的な活動が停止したままであった。とはいえ、「2006年問題特別委員会」と一緒になって、「もう一つの2006年問題」の存在を社会的にアピールした功績(というと大げさだが)は評価されていいように思う。

 問題は、この会の「店じまい」をどうするかということであった。この点で、「漸進的無償化立法を求める会」の発足は、研究と実践が「新たな段階に達した」ということにこそ重要な意義があるが、(わたしにとっては)「もう一つの」意義があるように感じているところである。

 この機会に「13条の会」に区切りをつけて、「漸進的無償化立法を求める会」を(わたしの性分からして、ときどき手抜きする可能性は高いが)ライフワークとして取り組んでいく決意を表明して稿を閉じたいと思う。