「漸進的無償化促進法(仮称)」の提案(討議資料)

「漸進的無償化促進法(仮称)」の提案(討議資料)

2019年4月1日

中等教育及び高等教育の漸進的無償化立法を求める会
(漸進的無償化立法を求める会https://mushou.jinken-net.org/
(連絡先:渡部 昭男[神戸大学]akiowtnb@port.kobe-u.ac.jp 

〇社会権規約第13条に係る留保撤回と2012年転換課題=漸進的無償化

外務省のホームページに、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係る留保の撤回(国連への通告)について/平成24年9月」というタイトルの情報がアップされています。
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日本国政府は、昭和41年12月16日にニューヨークで作成された「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)の批准書を寄託した際に、同規約第13条2(b)及び(c)の規定の適用に当たり、これらの規定にいう「特に、無償教育の漸進的な導入により」に拘束されない権利を留保していたところ、同留保を撤回する旨を平成24年9月11日に国際連合事務総長に通告しました。/この通告により、日本国は、平成24年9月11日から、これらの規定の適用に当たり、これらの規定にいう「特に、無償教育の漸進的な導入により」に拘束されることとなります。
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日本国憲法第98条第2項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定めています。この誠実遵守義務を踏まえて、中等教育及び高等教育を段階的に無償に近づけていく漸進的無償化が、重要な転換課題(2012年転換課題)として位置づくことになりました。

社会権規約(国際人権A規約)
第13条
1 この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は、教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。更に、締約国は、教育が、すべての者に対し、自由な社会に効果的に参加すること、諸国民の間及び人種的、種族的又は宗教的集団の間の理解、寛容及び友好を促進すること並びに平和の維持のための国際連合の活動を助長することを可能にすべきことに同意する。2 この規約の締約国は、1の権利の完全な実現を達成するため、次のことを認める。
(a) 初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとすること。
(b) 種々の形態の中等教育(技術的及び職業的中等教育を含む。)は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものとすること。
(c) 高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。
(d) 基礎教育は、初等教育を受けなかった者又はその全課程を修了しなかった者のため、できる限り奨励され又は強化されること。
(e) すべての段階にわたる学校制度の発展を積極的に追求し、適当な奨学金制度を設立し及び教育職員の物質的条件を不断に改善すること。

〇ヒューマン・ライツとしての「教育への権利」と教育無償化

2018年1月、国際人権法がご専門のフォン・クーマンズ教授(オランダ・マーストリヒト大学/ユネスコ人権平和職)を招いてシンポジウムを開催しました。その講演の中で教授は、「人権human right」としての「教育への権利」という認識の重要性を語っています。

第一に、「教育への権利」が他でもない「エンパワーメントの権利empowerment right」だということです。すなわち、教育は①人格を形成する、②社会に貢献する、③人生/生活をコントロールする、④社会を統治する、⑤社会階層を上る、といった形で人々をエンパワーします。第二に、働く権利、健康への権利、食べ物への権利、政治参加の権利、完全参加と平等の権利など、他の諸権利を享受する上で「鍵となる権利key right」でもあります。

「教育への権利」は、「人権中の人権」と言っても過言ではないでしょう。そして、教育無償化は、教育への「アクセス可能性」を実現するための重要なテーマなのです。

国家に義務を履行させる力=市民のモニター活動と立法化

クーマンズ教授は「規約は法的拘束力を持つ」とした上で、「実行させることは困難を伴う」とも指摘しています。例えば、締約国は「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するために、自国における利用可能な資源を最大限に用いることにより、(略)行動をとることを約束する」(社会権規約第2条1)とあります。「最大限に」が理想主義を表す一方で、「利用可能な」は現実主義を表しており、相容れない二つの語句が並んでいるというのです。関連して、教授は「義務を遵守する能力がないinability」ことと、「義務を遵守する意志がないunwillingness」ことは、区別すべきであると述べています。

シンポジウムではクーマンズ教授からの指摘を受けて、国家の自由裁量に委ねて「利用可能な」や「漸進的に」を逃げ道にさせないためにも、教育無償化の義務を履行させるべく国家をモニターする市民の活動が重要になってくることが論議されました。加えて、漸進的無償化促進法の立法化が求められます。

立法化を求めるために「中等教育及び高等教育の漸進的無償化立法を求める会」は設立されました(2018年10月)。

社会権規約(国際人権A規約)
第2条1 この規約の各締約国は、立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、個々に又は国際的な援助及び協力、特に、経済上及び技術上の援助及び協力を通じて、行動をとることを約束する。2 この規約の締約国は、この規約に規定する権利が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。

〇学費を苦に中退、奨学金で破産・・・教育無償化しないのは人権侵害

私たちは、「学費を苦に中退、奨学金で破産・・・教育無償化しないのは『人権侵害』」だと考えています。

被害者は、中等教育及び高等教育段階(短期大学を含む大学、専門学校)で修学する意思及び能力があるにも関わらず、主に経済的な負担のために、①進学を断念した者、②中途退学を余儀なくされた者、③修学のための費用を得るための労働等により修学のための時間を奪われるなど充実した学生生活を送ることができない者、又は④修学のための負債の返済に困難を抱える者、です。

加害者は、国です。国は、立法措置その他のすべての適当な方法により、社会権規約第13条2(b)及び(c)(中等教育及び高等教育への権利及び漸進的無償化実施義務)の完全な実現を漸進的に達成するため、国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、行動をとる義務があります。

 〇人権侵害にあたる国の義務違反

国には人権侵害にあたる義務違反、すなわち「作為義務違反」と「不作為義務違反」があると考えています。

1.作為義務違反

(ア) 国は、無償教育の漸進的導入を最大限速やかに進め、高等教育の機会均等を確保するという作為義務を負っています。

しかるに、いたずらに不作為を継続し、漫然とその責任を放棄してきたのですから、作為義務違反があります。

(イ)政府内部で何がその義務であるかについて明確に意識されず、その責任の所在が共有されていないところに最大の問題があります。

すなわち、この義務を実効的に実施するためには、文部科学行政を担う文部科学大臣のみではこれをなしえず、財政措置義務を担う財務大臣が主体的に国の義務を実行することが必須です。また、社会権規約に基づく義務ですから、外務大臣もその義務の一端を担うものであります。

さらに、これらの政府部局を統括する内閣総理大臣及び官房長官も、国の責務の実行について積極的に関与する責任があるのです。

(ウ)また無償教育の漸進的導入を最大限速やかに進めるためには、無償教育の漸進的導入の行政上の根拠となる立法が必要です。

国は、漸進的無償化のための段階的な政策(ロードマップ)を立案して立法化し、その実施を主導する行政機構を設ける義務がありますが、そのような法案の作成に着手さえしていません。

留保撤回からすでに6年余が経過しています。国はかかる立法を準備し、国会に提案する十分な期間があったにも関わらずこれを怠っており、かかる現状は、作為義務違反というほかありません。

2.不作為義務違反

国は、同時に、高等教育の機会均等を損なう、高等教育の有償化(学費負担の加重)を行ってはならないという不作為義務も負っています。

しかるに、高等教育の機会均等をさらに損なう重大な懸念のある事態が生じており、このまま実行されるならば不作為義務違反というほかありません。

現在進行形の緊急課題としては、①「奨学金」という名のローン制度の破たん、②国立大学による学費値上げの動き(東京工業大学・東京藝術大学)、③国連社会権規約委員会への政府報告書の提出の遅れ、が挙げられます。一刻の猶予もなりません。

〇内閣提案の「大学等における修学の支援に関する法律案」の課題

ようやく第198回国会(2019年1月~)に、「大学等における修学の支援に関する法律案」(閣法)が提案されました。真に支援が必要な低所得世帯の者に対して、①授業料等免除と②学資支給(給付型奨学金の支給)を合わせて措置しようとするものです。

しかし、次のような課題を指摘せざるをえません。

  1.  この法案による措置は、低所得層の家庭の子女への学費負担軽減の対策としては評価できるものの、中間層の家庭の子女については対策にならないこと。
  2.  当面緊急に対応が必要な問題への対応がないこと。例えば、社会権規約違反である国立大学の学費値上げ容認政策とセットになっていること。そればかりか、多数の教育ローン破産を生み出している現行制度の抜本的改革の対策がなく、長期的な漸進的無償化の政策とはなり得ていないこと。
  3.  消費税増税の一部を財源にしているために、後続の措置が保障されていないこと。漸進的無償化実現のロードマップがなく、次段階の漸進的無償化措置が見通せないこと。
  4.  文部科学省だけが責任を持たされていて、さらなる中間層への対象拡大や財政的な拡充に向けた強力な政治的リーダーシップを発揮できていないこと。財務省を含む政府全体が責任を負う制度を保障するために、社会権規約第13条2(b)(c)の漸進的無償化義務を実現する行政組織設置の立法措置規定がないこと。
  5.  同第13条2(b)(c)などの国の法的責務を法律の制定により明確にすべきであるが、そのような国内法規定になっていないこと。

これらの欠陥を克服するためには、漸進的無償化を促進する法案を早急に議員立法として提案する準備に取り掛かることが必要です。

〇漸進的無償化を促進する法案

社会権規約の主要な規定を国内法化し、それを実施する国内制度を創設する趣旨で、次のような法案を提起します。子どもの貧困対策や障害者権利条約の関連施策推進のため組織が内閣府に置かれていますが、同様に漸進的無償化の促進に関しても実施のための機関を内閣府に設置することも含めています。

一 法律案の名称

(仮)中等教育及び高等教育の漸進的無償化を促進する法案

二 法律案の趣旨

(1) 社会権規約の主要な規定を国内法化する。
(2) それを実施する国内制度を創設する。

三 国内法化すべき主要規定

(1) 社会権規約第2条1(国の作為義務)
(2) 社会権規約第2条2(差別禁止)
(3) 社会権規約第13条2(b)(c)(中等教育及び高等教育への権利、漸

進的無償化実施義務)

四 実施のための機関の概要

(1) 内閣府に設置
(2) 毎年の施策(ロードマップ)及び調査結果を国会に報告する義務
(3) 中等教育・高等教育漸進的無償化促進会議の設置構成員は、首相、官房長官及び関係大臣とする。
(4) 中等教育・高等教育漸進的無償化促進調査推進委員会の設置

構成員は、学識経験者及び関係行政機関職員とする。

〇漸進的無償化プログラム(高等教育版)

漸進的無償化のためには、公費教育の拡充によって社会を豊かにしていくという方向性と合意形成の過程が重要です。

2010年、高校無償化政策を打ち出した際のキャッチコピーは「社会全体であなたの学びをささえます」でした。高校進学率が98%台であり国民的な教育機関となっていること、高校無償化が国際的動向であることに加えて、権利主体である全ての意志ある高校生等(年齢にかかわらず)を社会全体で応援することを高らかに謳ったのでした(『文部科学白書2009』68頁)。その後、所得制限が導入されましたが、私立高校生等への就学支援金は世帯収入に応じて最大で2.5倍まで加算されるようになり、また高校生版就学援助制度(市町村民税所得割額が非課税世帯[250万円程度未満]生徒への奨学給付金)も始まっています。国の制度にさらに上積みする地方公共団体も増えています。拡充すべき課題はまだあるものの、高校無償化は今では国民的合意を得ていると考えてよいでしょう。

人生百年時代の今、人生に彩りを添え、自身を豊かにするために、学びたいことを、学びたいときに、誰もが大学等で学べる・・・それを「夢物語」としない(経済的理由によって断念することがない)ような社会を創りたいものです。そのための手掛かりとして、「漸進的無償化プログラム(高等教育版)」をあわせて提案させていただきます(巻末資料)。ご参照下さい。

[参考資料]

・漸進的無償化立法を求める会(2018)「人権救済申立書」(会のHPから入手可能 https://mushou.jinken-net.org/

・戸塚悦朗(2017)「社会権規約13条2項(b)(c)に関する留保撤回への道:国際人権法政策研究所が残したレガシーと無償教育実現への展望」『龍谷法学』50(1)、pp.73-113(同上)

・渡部昭男(2019)『能力・貧困から必要・幸福追求へ:若者と社会の未来をひらく教育無償化』日本標準

 

[巻末資料]

 

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